兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で、県警尼崎東署捜査本部が、懲罰的と批判された「日勤教育」や事故の背景にあると指摘された同線の「過密ダイヤ」について、事故との直接の因果関係は薄いとの見方を強めていることが二十四日、分かった。捜査本部は車両、保線、管理体制などあらゆる角度から過失の所在を探り、事故との関連性が乏しい要因を外していく「消去法」で捜査。死亡した運転士だけでなく、管理者側の刑事責任追及を目指す。事故は二十五日で二カ月を迎えるが、事故原因すら特定するに至っておらず、捜査は長期化の様相を見せ始めている。
 ■見せしめなし
 死亡した高見隆二郎運転士(23)は乗務中のミスで過去三回、計十八日間の日勤教育を受けた。捜査本部は、日勤教育を恐れるあまり無理な運転につながった可能性もあるとみて、JR西の運転士から管理実態などを幅広く聴取。だが、現段階で「見せしめ」のような懲罰は浮かび上がってこないという。
 捜査幹部は「どんな組織もミスをしたら責任を取らされるのは当然」と指摘、日勤教育に社会常識を逸脱するほどの制裁はなかったとみている。
 同様に事故の遠因とされた同線の高速・過密化についてもダイヤ編成担当者から事情聴取。しかし、山手線などの首都圏の鉄道網に比べれば過密ダイヤとはいえず、車両やレール、保安機器などの「ハード面」も異常は見つかっていない。
 新型ATS(列車自動停止装置、ATS-P)が未設置だった点も「他の未設置区間で事故があったわけではなく、『未設置が事故原因』という理屈は成り立たない」としており、捜査の難しさを強調する。
 ■7割聞き取り
 業務上過失致死傷容疑の捜査はおおまかに、(1)事故原因の解明(2)事故原因をつくった過失の所在(3)過失を犯した担当者の特定-の流れで進む。
 捜査本部は基礎捜査の一環として、重軽傷を負った乗客の聞き取りを進め、その数はけが人の七割を超える約四百人に達した。脱線時の衝撃で、乗客がどの位置からどのように飛ばされたか、車内の状況を「コマ送り」で再現するためという。
 一方、車両の走行実態の解明は簡単でない。走行状態を記録する「モニター制御装置」のデータは、電車の位置が二百四十メートル以上もずれていることが判明。電車と指令所との無線交信記録は「九時十九分十三秒」で途絶えていたが、脱線時刻とみられるこの数値も数秒の誤差があるという。
 このため捜査本部は誤差修正のためメーカーに鑑定を依頼。国土交通省航空・鉄道事故調査委員会も同型車両にGPS(衛星利用測位システム)を積んで試験走行を行ったが、中間報告は八月にずれ込む見通しだ。
 捜査の起点となる事故原因はいまだ解明されておらず、事故誘発要因を絞り込む段階には至っていない。
 ■運転士の適性
 高見運転士の異常な運転を如実に示すものとして、脱線した快速電車を始発の宝塚駅に回送電車として乗り入れた際、ATSによる非常ブレーキを二回作動させたことがあげられる。
 ベテラン捜査員は「黄信号に続いて赤信号も見落とし、非常ブレーキまで作動させてしまったのは、余程ぼんやりしていたとしかいいようがない」。
 事故の伏線ともいえるこの運転の背景を探るため、捜査本部は高見運転士の内面にアプローチする必要があると判断。家族、友人から聞き取りを進め、生い立ちや家庭環境の把握、性格の分析を試みる。JR入社後は勤務態度なども調べ、人物像を克明に描き出す方針という。
 加えて労務管理や運転士教育などの「ソフト面」も重視。高見運転士が過去にミスを重ねた際に、管理者側が運転士としての適性判断を冷静に下していたかも調べる。
 別の捜査員は「原因が複合的になればなるほど、どこに過失があったかを問うのが難しくなる。これほど複雑で困難な事故はない」と話した。
(産経新聞) - 6月24日15時36分更新